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東京高等裁判所 昭和59年(ラ)617号 決定 1985年4月16日

抗告人

金沢一郎こと

裴錫裕

右代理人

猪瀬敏明

相手方

株式会社信菱商業

右代表者

杢谷光男

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。相手方の申立を却下する。」との裁判を求めるというにあり、その理由の要旨は次のとおりである。

1  申立外横森力は、東京地方裁判所昭和五八年(ケ)第七五号競売事件(以下「本件競売事件」という。)の目的物件の一つである原決定添付物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について賃借権を有していたが、抗告人は、昭和五七年一二月二五日横森力から本件建物賃借権を譲受け同日本件建物の引渡を受けたものである。しかるに、原裁判所は、本件建物について引渡命令(原決定)を発するに当り横森力を審尋しなかつたから、原決定は民事執行法八三条一項、三項に違反する。

2  本件競売事件において、競売開始決定による差押登記は昭和五八年一月二六日登記簿に記入されたところ、横森力は、これより先昭和五七年一二月一日本件建物の所有者である申立外山梨昭二から本件建物を期間三年、賃料一か月二万円、三年分前払、敷金六〇〇万円と定め、賃貸人の承諾なくして賃借権の譲渡又は転貸ができる特約のもとに賃借し、同日その引渡を受け、同年一二月一五日本件建物について右賃借権設定登記を経由した。なお、山梨昭二、横森力は、昭和五七年一二月一七日東京法務局所属公証人池浦泰雄に嘱託して右賃貸借契約に関する公正証書を作成した。

次いで、抗告人は、昭和五七年一二月二五日横森力から本件建物賃借権を譲受け同日本件建物の引渡を受けた。したがつて、抗告人は、本件建物賃借権をもつて相手方に対抗することができるから、原決定は借家法一条に違反する。

二当裁判所の判断

1  抗告人の抗告理由1について

本件記録によれば、原裁判所は、昭和五九年七月二四日相手方に対し本件建物の売却を許可する旨の決定を言渡し、右決定は確定したこと、相手方は、昭和五九年八月三〇日買受代金を納付して本件建物の所有権を取得し、同年九月七日債務者以外の占有者として抗告人及び横森力を相手方として引渡命令の申立をし、同年一一月八日横森力に対する右申立を取下げたこと、原裁判所は、抗告人を審尋したうえ、昭和五九年一一月五日抗告人に対し本件建物について本件引渡命令を発したこと、横森力は本件引渡命令の相手方とはされておらず、原裁判所は本件引渡命令を発するに当り同人を審尋しなかつたことが認められる。

ところで、民事執行法一八八条の準用する同法八三条三項にいう「その者」とは引渡命令の相手方とされている者を指すものと解すべきであるから、原裁判所が本件引渡命令を発するに当り横森力を審尋しなかつたからといつて同条に違反することはない。よつて、抗告人の抗告理由1は採用することができない。

2  同2について

本件記録によれば、本件建物はもと債務者山梨昭二の所有に属していたこと、債権者千代田火災海上保険株式会社は、昭和五六年三月一六日付債権者と債務者との間の住宅ローン保証保険契約に基づき、債権者が昭和五七年一一月一日付をもつて被保険者である申立外千代田生命保険相互会社に対し保険金((1)元本一九七六万九〇一四円、(2)延滞利息金九四万四七三九円、(3)損害金三万八六六九円、(4)団体信用保険料三万六一八八円)の支払い(保険事故(債務者の期限の利益喪失)は昭和五七年一〇月二三日発生)をすることにより同申立外会社に代位して債務者に対し取得した同金額の求償債権等の弁済に充てるため、債務者所有の本件建物について昭和五六年四月一四日登記された債権額二〇〇〇万円、損害金年一四パーセントとすると抵当権に基づき競売の申立をし、原裁判所は、昭和五八年一月二一日競売開始決定をし、同年一月一六日右競売開始決定を原因とする差押登記が記入され、差押の効力が発生したこと、横森力は、その少し前である昭和五七年一二月一七日、東京法務局所属公証人池浦泰雄に嘱託して、山梨昭二の代理人 (ママ)三男との間で、横森力が山梨昭二から本件建物を期間昭和五七年一二月一日から三年、賃料一か月二万円、三年分前払、敷金六〇〇万円、賃貸人の承諾なくして賃借権の譲渡又は転貸ができるとの約で賃借することを内容とする建物賃貸借契約公正証書を作成し、その旨の契約を締結し、同年一二月一五日本件建物についてその旨賃借権(以下「本件賃借権」という。)設定登記を経由したこと、その後抗告人は昭和五七年一二月二五日横森力から本件賃借権を譲受け、同日本件建物の引渡を受け、長男健一(昭和三五年六月二六日生)及び二男健次(昭和三七年一一月二〇日生)に使用させていること、横森力は、かねてから多数回にわたり競売不動産について短期賃借権を設定し右賃借権を他に譲渡するなどして競売手続に関与してきたものであることが認められる。

右事実によれば、債務者兼所有者山梨昭二は、申立外千代田生命保険相互会社に対する住宅ローンの支払を怠つたため昭和五七年一〇月二三日期限の利益を喪失し、間もなく本件建物について残元金一九七六万九〇一四円等の弁済にあてるため前記抵当権が実行されることを予期し、右抵当権の実行を妨害する意図のもとに昭和五七年一二月一七日そのころその事情を知つた横森力と相はかつて本件建物につき公正証書により本件賃貸借契約を締結し、その登記を経由したものと認めるのが相当である。

そうすると、本件賃貸借は、競売開始決定による差押の登記前に登記されたものではあるが、民法三九五条の短期賃貸借保護の制度を濫用したものとして、民法一条三項により無効であるというべきである。したがつて、横森力及び同人から本件賃借権を譲受けた抗告人は、本件賃借権をもつて本件建物の買受人である相手方に対抗することができない。

よつて、抗告人の抗告理由2も採用することができない。

3  そのほか、記録を精査しても、原決定を取消すに足りる違法の点は見当らない。

4  以上の次第で、原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(川添萬夫 新海順次 佐藤榮一)

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